建物への想い 井上邸 パルム小林ビル 水谷邸
パルム小林ビル/京都市東山区
主体構造・鉄骨3階建

京都での建築、最大の難題は近隣問題。

 井上邸や水谷邸に限ったことではなく、京都では特有の間口が狭く奥行きの長い形の土地が多いわけですが、だから設計がやりにくいということはないですね。それよりも、条例による規制や近隣問題のほうがずっと難しいですね。特にマンションの場合、それが歴史的保存地区であったりすると大変です。また、たとえ法律や条例を守っても、近隣の承諾も得なければならないので、これがもうひとつの難題になります。
これも日照権の問題などというのではなく、例えば工事中に家の中を覗かれるとか、電波障害、周囲の環境の変化へのクレームなど、むずかしいものばかり。それでも本当に迷惑のかかるところには、私たちは誠意を持って話合いを行いますが、時には当事者と関係のない人が出てきたりしてなかなか収拾のつかない場合もあります。

どれだけ施主さんの要望を実現できるか。

井上邸(井上パン)
/京都市東山区
主体構造・鉄骨3階建

 私の場合、住宅でもマンションでも店舗でも建物に変わりはないという考え方で、こだわりなく設計しています。とにかく施主さんの要望を実現しようと心がけていますから、話があった段階では100~120%、打合せをして図面 にまとめる段階でも100~95%は実現できるようにと考えています。ところが見積りの段階になると、物価の上昇などでなかなか設計通 りの予算では折り合わず、限られた予算内でどうやるかで1~2ヶ月かかることもあります。その間に要望の実現も95%から80%70%にと落ちてゆくわけですが、四苦八苦しても合格最低ラインと考える60%にはとどめたいと思ってがんばっていますよ。そのため例えば後付け可能な設備は当初は外して、取り付け可能な施工にしておくとか。逃げるというのではなく、私たちの気持ちの上での勝負だと思います。
それから、家相の問題にはたいていの方がこだわられますが、これも暮らしの中に自然に入りこんできたものであって、拒否する強い理由もないのですからそれにのっとってやっていますよ。とにかく住まわれる方が落ち着いて暮らせることが大切ですからね。

マンションはできても 住宅のできない職人がいる。

 大岩さんとは、独立前の事務所時代にやった祇園のスナック「プティ」の内装が初めてで、以後マンションや住宅をかなりやりました。パルム小林ビルもその一つです。印象としては、工期がきつくてもきっちり施工してくれるし、近隣からの苦情が少ない工事をすることですね。これは京都で培ってきた一つの強みでしょう。

水谷邸 /京都市東山区
主体構造・鉄骨3階建

 職人については、今人不足の問題がありますが、中でも表に出てこない部分、例えばコンクリートを打つための型枠を組む大工や、鉄筋工などはかなり深刻ですね。建設会社としてもこうした職人の養成は急務だと思います。内装など比較的きれいな仕事にはそれなりに人材もいるんですがね。
それから職人の技術的な問題。今若い職人にマンションをさせるとそれ以外何もできなくなってしまうなんていわれます。マンションなら腕の良い職人に一部屋を任せあとはそれをお手本に他の職人にやらせてもできるからです。だからそんな職人に住宅を任せると途端にお手上げになってしまうんです。見よう見まねならできても、自分では考えられないんです。これは建設会社全体の問題だと思います。一生懸命やれるかやれないかということですが、その意味では現場監督のまじめさやがんばりが職人たちにも伝わるものですし、貴重なんですよ。 (坪内健治朗氏談)

 


坪内健治朗
つぼうち けんじろう
〔坪内建築設計室代表・一級建築士〕
昭和18年兵庫県生まれ。
京都大学工学部建築学科卒業。
同大学院工学研究科建築学専攻修士課程修了。
ベルギー、Saint-Luc建築専門学校に留学。
パリのAndre-Gomis建築・都市設計事務所勤務。帰国後(株)設計事務所洋々社勤務を経て、昭和58年、 坪内建築設計室を開設。京都、兵庫を中心に活躍中。